請求額から、振込手数料が引かれて入金された。
「うちは手数料を引く運用です」と言われる。こちらは満額もらえると思っていた。どちらが正しいのか。
民法には答えが書いてある。 そして、書いてあるとおりには運用されていない。だからもめる。
さらに、相手が大企業でこちらが下請なら、別の法律が効いてくる。
この記事は育ちます。公開後も、会話パート・トーク・補足を足していきます。
公開 2026-10-18 / 最終更新 2026-10-18(公開)
水深 — 民法485条
条文はこうだ。
弁済の費用について別段の意思表示がないときは、その費用は、債務者の負担とする。
「弁済の費用」に振込手数料が含まれる。そして「債務者」は、お金を払う義務がある側、つまり買手になる。
だから原則は、払う側が手数料を負担する。
もうひとつ、民法484条1項も関係する。
弁済をすべき場所について別段の意思表示がないときは、(中略)債権者の現在の住所において、それぞれしなければならない。
これを持参債務の原則という。お金は、受け取る側のところまで持っていくのが原則。その持っていく費用は、持っていく側が持つ。
理屈は通っている。 買手が売手のところまでお金を届ける。その運賃は買手が払う。
ただし「別段の意思表示」があれば変わる
条文には逃げ道が書いてある。「別段の意思表示がないときは」。
つまり、当事者が合意すれば、売手負担にできる。
実務では、こう決められていることが多い。
- 取引基本契約書に「振込手数料は売主の負担とする」と書く
- 注文書・注文請書に記載する
- 見積書の条件欄に書く
この合意があれば、手数料を差し引いて入金するのは適法になる。
問題は、合意がないまま慣行で引かれているケースだ。これが揉める。

なぜ売手負担の慣行が広まったのか
法律が買手負担と言っているのに、なぜ売手負担が多いのか。
推測を書く。理由は2つあると思う。
① 買手のほうが立場が強いことが多い
発注する側が条件を決める。手数料を引くという運用を、買手が決めてしまえば通る。
② 実務が楽になる
買手から見ると、請求額から手数料を引いた額を振り込めばいい。手数料の管理をしなくて済む。
そして売手から見ても、入金額が請求額と違うことさえ分かっていれば、消込はできる。慣れてしまえば、どちらでも回る。
回ってしまうので、誰も条文を確認しない。 そのうち「業界の慣行」になる。
下請法が効く場合がある
ここからが重要なところ。
相手が親事業者で、こちらが下請事業者にあたる場合、下請法(下請代金支払遅延等防止法)が適用される。
下請法は、下請代金の減額を禁止している。あらかじめ定めた代金を、あとから減らしてはいけない。
振込手数料を差し引くのは、形としては「代金の減額」にあたる。
ただし、すべてが違法になるわけではない。公正取引委員会の運用基準では、次の条件を満たす場合には減額として問題としない、とされている。
- 書面で、下請事業者の負担とする合意があること
- 実際に金融機関に支払った実費の範囲内であること
つまり、
- 書面の合意がある + 実費の範囲 → 問題なし
- 口頭だけ、慣行だけ → 減額に該当しうる
- 実費を超える額を引いている → 超えた分が問題
3つめが見落とされやすい。自社の振込手数料が330円だからといって、一律330円を引いていいわけではない。 実際にかかった額でなければならない。
そして、書面の合意が要る。ここが実務上いちばん効く。
インボイス制度で、話が増えた
2023年のインボイス制度で、この話にもう一段ついた。
売手負担で手数料を引かれたとき、その差額をどう処理するか。前に書いたとおり、2つの考え方がある。
① 売上値引きとして処理する
差額を売上のマイナスにする。税込1万円未満なので、返還インボイスの交付義務は免除される。
② 支払手数料として処理する
買手が立て替えた手数料を、売手が負担した形にする。この場合、金融機関が発行したインボイスが必要になる。実務上はかなり面倒。
だから①を選ぶ会社が多い。制度改正で1万円未満の返還インボイスが免除されたのは、ここを楽にするためだった。
ただし、帳簿への記載は必要。交付義務が免除されるだけで、記録が要らなくなるわけではない。
契約に書いておく文言
いちばんの解決は、先に決めて書いておくことだ。
買手負担にする場合
振込手数料は、買主の負担とする。
売手負担にする場合
振込手数料は、売主の負担とし、買主は代金から振込手数料の実費を控除して支払うことができる。
売手負担にするなら、「実費」という言葉を入れておく。これがあると、実費を超えた控除を防げる。
そして、下請法が適用される関係なら、書面の合意が必須になる。口頭では足りない。

実務のチェックリスト
経理として、いま確認できること。
- 取引基本契約書に、手数料の負担が書いてあるか
- 書いていない取引先が、手数料を引いて入金してきていないか
- 引かれている場合、額が実費の範囲か(金融機関の手数料表と照合)
- 自社が引いている場合、書面の合意があるか
- 引かれた差額を、売上値引きで処理しているか、支払手数料で処理しているか
- 処理方法が、取引先ごとにばらばらになっていないか
最後のが多い。担当者ごとに処理が違う、というのが実際によく起きる。
金額で見ると、無視できない
1件330円。月に100件あれば33,000円。年間で396,000円になる。
「たかが数百円」に見えるが、件数が多いと効く。
そして、どちらが負担するかで、実質的な値引き率が変わる。1万円の請求で330円引かれると、3.3%の値引きと同じことになる。10万円なら0.33%。
単価が小さい取引ほど、手数料の比率が重い。 少額の請求を多数出している会社ほど、ここを決めておく価値がある。
対策として、
- 一定額以下は、まとめて月1回の請求にする
- 手数料の安い銀行に、受取口座を作る(同一行宛は安い)
- 相手の取引銀行に合わせた口座を用意する
3つめは、大口の取引先が1社に偏っているときに効く。同一銀行内の振込なら手数料が下がるか、無料になる。
現金書留と、小切手
ついでに、振込以外の方法も整理しておく。
- 現金書留 現金を郵送できる唯一の方法。加算料金がかかる
- 小切手 受け取った側が取立てに出す。取立手数料がかかる
- でんさい(電子記録債権) 手形の電子版。手数料の構造が違う
どれも、費用が誰の負担かは同じ理屈になる。民法485条があり、別段の合意で変えられる。
小切手は、受け取った側に取立ての手間と費用がかかる。「手数料は買手負担」と決めていても、小切手で払われると実質的に売手が費用を持つことになる。
支払方法も含めて決めておくのが、結局いちばん揉めない。
航路 — 書いてあるとおりには、動いていない
整理する。
- 民法485条 弁済の費用は、別段の意思表示がないときは債務者(払う側)の負担
- 民法484条 持参債務の原則。お金は受け取る側のところへ届ける
- だから原則は買手負担
- ただし「別段の意思表示」=合意があれば売手負担にできる
- 下請法が適用される関係では、書面の合意と実費の範囲内が条件
- 口頭や慣行だけで引くと、下請代金の減額に該当しうる
- 差額の処理は、売上値引きが実務上は楽(1万円未満は返還インボイス不要)
- 契約書に書くときは「実費」を入れる
調べていて思ったのは、原則が知られていないから揉めるということだった。
原則が「買手負担」だと双方が知っていれば、「うちは売手負担でお願いしたい」という交渉になる。合意して、書面に残す。それで終わる。
知らないと、「そういうものだ」と「聞いていない」がぶつかる。どちらも根拠を持っていないので、力関係で決まる。
条文を1行知っているかどうかで、話の始まり方が変わる。そういう種類の知識だと思う。
相殺と、差し引き
手数料の話から、もう少し広げる。「差し引いて払う」という行為には、いくつか種類がある。
① 振込手数料の控除
本文で書いたとおり。合意があれば適法。
② 相殺
こちらが相手に対して債権を持っているとき、差し引ける。民法505条以下に規定がある。
「御社に売掛金100万円、御社から仕入の買掛金30万円。差額70万円を払います」という形。
当事者の一方の意思表示でできる(民法506条)。相手の同意はいらない。ただし、相殺する旨を通知する必要がある。黙って差し引くのは、事故のもとになる。
③ 値引き・返品
取引の内容そのものが変わる。売上のマイナス。
④ 損害賠償の主張
納品物に問題があったので、その分を引く。これは一方的にはできない。金額に合意が要る。
現場で「引かれていた」というとき、この4つのどれなのかが分からないことが多い。入金の連絡書に、理由を書いてもらうのが解決になる。
相殺の記帳で、間違えやすいところ
②の相殺は、経理の処理でも注意が要る。
総額で記帳する。
売掛金100万円、買掛金30万円を相殺して70万円が入金された場合、
- 売掛金100万円の消込
- 買掛金30万円の消込
- 現預金70万円の入金
この3つを書く。「入金70万円」だけで済ませてはいけない。
理由は、売上高と仕入高が正しく計上されなくなるからだ。消費税の計算にも影響する。
そして相殺は、両社の帳簿が一致しているかを確認する機会にもなる。こちらの売掛と相手の買掛が合っていなければ、どこかに認識のずれがある。
支払通知書という仕組み
手数料も相殺も、根本の解決は「いくら払うか」を先に伝えることだと思う。
支払う側が、支払日の前に支払通知書を送る。
- 対象の請求書
- 金額
- 控除する項目と金額(振込手数料、相殺、値引き)
- 実際の振込額
これがあれば、受け取る側は消込に迷わない。入金を見てから理由を探すという作業が消える。
大企業では一般的な運用になっている。中小の取引でも、メール1本で同じことができる。
そして支払通知書があると、下請法の書面要件の一部にも関わってくる。手数料の控除について書面で合意していることの、証拠にもなる。
インボイスと、支払通知書
もう一段。インボイス制度には「仕入明細書」という仕組みがある。
通常は売手がインボイスを出す。ただし、買手が作成した仕入明細書を、売手が確認した場合には、それをインボイスの代わりにできる。
条件は、
- 必要な記載事項があること(売手の登録番号を含む)
- 売手の確認を受けたものであること
「確認」は、明示的な返信でなくてもいい。「一定期間内に連絡がなければ確認済みとする」という取り決めでも足りるとされている。
支払通知書と仕入明細書を兼ねる運用にしている会社もある。請求書を受け取らずに、こちらが作った明細で処理する形になる。
建設業や運送業のように、出来高が買手側で確定する業種では、こちらのほうが自然な流れになる。
少額の請求を、どう扱うか
手数料の比率の話に戻る。単価が小さい取引が多いと、手数料が重い。
対策をいくつか。
① 締めてまとめる
都度請求をやめて、月末締めの一括請求にする。請求も振込も1回で済む。
② 最低取引額を決める
「1回◯円未満の注文は受けない」とする。手数料と事務コストを考えると、小さすぎる取引は赤字になる。
③ 前払い・都度決済にする
クレジットカードや決済サービスを使う。手数料は取られるが、回収の手間と貸倒れのリスクが消える。
④ 相手に口座を合わせてもらう
こちらのメインバンクに口座を作ってもらえば、同一行宛になって手数料が下がる。大口の相手には交渉の余地がある。
どれも「手数料をどちらが持つか」ではなく、手数料が発生する回数を減らすという方向になっている。
負担の押し付け合いより、こちらのほうが建設的だと思う。

この記事は、まだ書きかけです
この記事は、公開してから足していく形にしています。調べたことを書いた本文がまず先にあって、あとから「聞き手と話し手の会話」「あとで思い出したこと」「読んだ人から教わった補足」が積もっていきます。
だから、同じURLでも半年後には別のものになっているはずです。もし一度読んだことがある記事なら、下の更新ログだけ見てください。増えたところが分かります。
更新ログ
- 2026-10-18 公開(本文のみ。会話パートはこれから足します)

