封筒にのりづけをして、フタの合わせ目に「〆」と書く。
毎日のように見ているし、書いてもいる。締め日の「〆日」、締切の「〆切」も同じ字だ。それなのに、これが何なのかを説明できない。漢字なのか、記号なのか、それすら怪しい。
調べてみたら、いちばん広まっている説明が、辞書の説明とは違っていた。しかもその辞書自身が、あまり自信を持っていなかった。
この記事は育ちます。公開後も、会話パート・トーク・補足を足していきます。
公開 2026-09-24 / 最終更新 2026-09-24(公開)
水深 — 〆は記号ではなく、字だった
まず、〆は国字とされている。日本で作られた漢字で、中国では使われない。
大修館書店の漢字文化資料館は、はっきりこう書いている。
「〆」は「しめ」という読み方を持つ立派な「字」です。(中略)この字は表意文字なのです。だとすれば、漢字の仲間から締め出す理由はないでしょう
『大漢和辞典』では「ノ(丿)」の部に、総画数2画で収録されている。ちゃんと部首がついている。
(資料によっては1画としているものもあった。2画で書くか1画で書くかは、書き方の解釈による。)
読みは訓の「しめ」だけで、音読みはない。国字によくある特徴だ。
文字コードの世界では、漢字と同じ扱い
文字コードのほうも見てみた。ここが面白かった。
- コードポイント U+3006
- 正式名称 IDEOGRAPHIC CLOSING MARK(表意文字の閉じ記号)
- 分類 Lo(Other Letter)
- 収録 Unicode 1.1(1993年6月)
- UTF-8 E3 80 86
- JIS 第1水準、JIS X 0213では 1-01-26
注目してほしいのは分類だ。「Lo(Other Letter)」は、記号ではなく文字のカテゴリになる。漢字やひらがなと同じ側に置かれている。
JISでは記号の領域に入っていたのに、Unicodeは文字として扱った。名前のほうは「CLOSING MARK(閉じ記号)」なのに、分類は文字。名前と分類がねじれている。

同じ字が、2か所に登録されている
さらにややこしいことがある。
〆とよく似た「乄」という字が、U+4E44に別途登録されている。こちらは漢字の領域にある。
なぜ2つあるのか。理由は日本のJIS規格の事情だった。
JIS X 0208では〆が記号の領域に、JIS X 0212(補助漢字)では乄が漢字の領域に、それぞれ別々に入っていた。Unicodeを作るとき、JISとの変換を往復できるようにするため、両方をそのまま採録した。
しかも珍しいことに、どちらも「互換文字」に指定されていない。ふつうこういう重複は「こっちは互換用です」という印がつくのだが、〆と乄は両方とも正規の文字として並んでいる。
ちなみにU+4E44の英語定義には「sum; a measurement of paper(合計、紙の計量単位)」とある。この「紙の計量単位」があとで効いてくる。
「締の略字」ではない。辞書は「卜」だと言っている
封筒のマナーを解説する記事を読むと、たいてい「〆は締の略字です」と書いてある。
これが漢和辞典の説明とは違う。
『大漢和辞典』によれば、〆はもともと「うらなう」を意味する「卜(ボク)」という漢字が変形して生まれたとされる。
筋はこうだ。
昔、家を建てるときはまず場所を占った。占うことは、その場所を手に入れること。つまり独占すること、占めること。そこから「しめる」の意味で使われるようになった。
言われてみれば「占」という漢字も、うらなうと、しめるの両方の意味を持っている。占い、独占、買い占め。同じ字だ。
卜 → 占 → しめる。締は経由していない。
ただし、辞書も自信がない
面白いのはここからだ。
この説明を紹介している解説者自身が、続けてこう書いている。
かなりキビシイ説明ではないかい
辞書の説を紹介しながら、書いた本人が納得していない。
たしかに、占うことが場所を独占することだ、という飛躍は少し強引に見える。でも他に説明がない。だから紹介はする。ただし留保はつける。
この誠実さは好きだが、同時に不安にもなる。毎日書いている字の由来が、専門家にも分かっていない。
第三の説「為」、そして「国字ではない」説
国字を研究している大原望の辞典には、別の話も載っていた。
『以呂波考』という書物には、〆にあたる字を「為」としている記述があるという。「為」の第1画・第2画を基にした省画字ではないか、という説だ。
さらに踏み込んだ指摘もある。
「卜」の和製異体字に、意味的にも近い訓がつけられたものが、その意味範囲を広げて国字とされるようになったものか。この説に従うと、最も狭義に取れば、国字とはいえなくなる。
つまり——〆が国字かどうかすら、揺れている。
日本で作られた字ではなく、中国の「卜」の変わった書き方に、日本で意味と読みがついただけかもしれない。そうだとすると「日本製の漢字」とは言いにくくなる。
ほかにも「封」の略だという説、紐を結んだ形が「シメ」の「メ」に似ているという説がある。
整理すると、こうなる。
- 卜の崩し字説(大漢和辞典の通説。ただし本人が留保)
- 為の省画字説(『以呂波考』)
- 封の略説
- 締の略字説(マナー記事の定番だが、辞書の裏づけは見つからない)
由来は決着していない。「締の略字です」と一行で片づけている記事のほうが、よほど自信を持っている。
暗礁① — ×がダメという公的な根拠は、どこにもない
もうひとつ、よく言われること。「封じ目に×を書くのはNG」。
理由として挙げられるのは、だいたい2つだ。
- ×は否定や拒否の意味に見えるから、ビジネスマナーとして不適切
- 外国の人にはキスマークに見えるから、特に洋封筒では避けるべき
これも調べてみた。
日本郵便にも、文化庁にも、封字についての規定は見つからなかった。
「×はマナー違反」と書いているのは、マナー解説の記事や封筒業者のサイトばかりで、公的な根拠はない。
とはいえ、字として別物なのは確かだ。〆は右上から左下への払いと、左上から右下への線でできていて、下端が×より長く突き出る。並べて書けば違いは分かる。
公的な決まりはない。ただ「そういうことになっている」。この手のマナーの多くはそうなのだと思う。根拠がないから守らなくていい、とはならないのが厄介なところだ。
封字は、開封を防いでいるわけではない
そもそも封じ目に字を書くのは何のためか。
「確かに封をした、途中で誰にも開けられていない」という証だとされる。
種類もいくつかある。
- 〆・締 いちばん一般的。ビジネス文書はこれで問題ない
- 封 改まった文書、目上宛、履歴書や願書
- 緘 重要書類・機密文書
- 寿 婚礼などの慶事
- 賀 祝い事、年賀
- 蕾 かつては女性が使うものとされた。いまはほぼ見ない
ただ、気づく。〆を書いたところで、物理的には何も防いでいない。剥がして貼り直せば済む話だ。
封字は防犯ではなく、信義の記号だった。「開けていません」と書いてあるから開けない、という前提で成り立っている。
そう思うと、ずいぶん性善説の仕組みだ。そしてこの性善説は、いまも普通に機能している。

封をするという行為の、古い話
〆そのものの起源は分からなかったが、「封をする」という行為のほうには古い歴史がある。
古代中国には封泥(ふうでい)があった。木簡や竹簡の束を紐で縛り、結び目を粘土で包んで印を押す。粘土が割れていれば、開けられたと分かる。
ヨーロッパには封蝋(シーリングワックス)。溶かした蝋を垂らして印章を押す。14世紀には一般化していたという。
どちらも共通しているのは、「壊さなければ開けられない」ものを作っていることだ。粘土も蝋も、開ければ確実に壊れる。
それに比べると、日本の〆はずいぶん頼りない。ペンで書いた字は、剥がして貼り直せば書き直せる。物理的な保証を捨てて、記号だけを残した形になっている。
では日本でいつから〆を書くようになったのか。ここも特定できなかった。「江戸時代から」と書いている記事はあるが、裏づけのある出典にはたどり着けなかった。
緘だけ、なぜスタンプなのか
封字のなかで、緘だけは扱いが違う。手書きよりスタンプで押すのが通例になっている。「封緘印」という名前の判子が売られている。
理由は書かれていなかったが、想像はつく。緘は画数が多い。急ぎで何十通も出すときに毎回手書きするのは無理がある。
そしてスタンプであることが、「これは重要書類だ」という合図にもなっている。手書きの〆より、押された緘のほうが仰々しく見える。
封泥や封蝋も印章を押していた。押すという動作には、書くよりも公式な感じがある。
〆は、数の単位でもあった
〆にはもうひとつ顔がある。数える単位だ。
帳簿の末尾に「〆」と書いて合計を締める。この使い方から、「合計」そのものを指すようになった。辞書にも「金銭などの合計を出すこと。また、その数量」という語義が載っている。
そこから発展して、ものを束にして数える単位になった。
和紙の場合はこうだ。
- 半紙20枚 = 1帖
- 100帖(=10束) = 1〆=2,000枚
ところが現代の印刷業界では、1〆=1,000枚で使うことがある。A3判やB4判に断裁した紙の枚数を〆で表す、という用語集の記述があった。
同じ字で、数が倍違う。伝統的な和紙の数え方と、現代の印刷現場の数え方が別々に生き残っている。
もし紙の発注で「1〆」と言われたら、どちらの1〆か確認したほうがいいということになる。実務的にはけっこう怖い話だ。
貫目、そして「五」
もっと変わった用法もある。
尺貫法の重さ「貫目(かんめ)」を〆と書くことがあった。宮城県に「十〆西(じゅっかんにし)」という地名が残っている。「十貫」を「十〆」と書いた名残だ。
銭の単位としても使われたという記録がある。
さらに、魚屋の符牒で〆は「五」を意味したという。市場でやりとりする隠語のなかに、この字が入っていた。
封じ目の記号、締め日、合計、紙の束、重さの単位、そして五。ひとつの字が、これだけの役を担っている。
名字には残るが、これから付けることはできない
人の名前の話をする。
名字には、いまも〆が残っている。
- 〆木、〆田、〆谷、〆野、〆垣
- 甲〆、勢〆、瀬〆、根〆
- 馬〆(まじめ)
- 〆渡(ぬきと/ぬくと)
姓名辞典を引くと十数件出てくる。「馬〆」で「まじめ」と読むのは、初めて見たときに二度見した。
ところがこれから生まれる子の名前には使えない。
子の名に使える文字は、戸籍法施行規則で決まっている。常用漢字表と人名用漢字表に載っている漢字、ひらがな、カタカナ、それに「々」「ゝ」「ゞ」「ー」。〆はそのどれにも入っていない。
昔は「〆吉」「〆子」といった名前があった。いまは新しく付けられない。名字として受け継がれているものだけが残っていく。
(〆吉・〆子がいつまで登録できたのかは、正確には確認できなかった。名前の制限が始まったのは戦後なので、それ以前のものだろうとは思う。)
新聞は〆を使わない
もうひとつ。新聞は〆を使わない。
常用漢字表の外にある字——いわゆる表外字なので、新聞では「締め切り」と書く。公用文も同じ基準で作られている。
日経新聞の校閲部門も、漢和辞典によって扱いが割れていることに触れたうえで、「いずれにせよ表外字のため、新聞では『締め切り』と表記します」と説明している。
つまり〆切はあくまで略式の表記ということになる。手書きのメモや社内の掲示ではみんな使うが、公の文書には出てこない。
公式には存在しないことになっているのに、全員が読める。不思議な位置にいる字だ。

どこに書くか、という話
封字の書き方にも、一応の作法がある。
フタと本体の継ぎ目にまたがるように書く。フタの上だけに書いても意味がない。またいでいるからこそ、剥がしたときに線がずれる。
この一点だけは、理屈が通っている。〆が「開けられていない証」だとすれば、またいで書くことにだけは物理的な意味がある。剥がして貼り直せば、線は必ずずれる。
逆に言うと、フタの中央にぽつんと〆を書いているのは、記号としてしか機能していない。作法というより、仕組みの話だった。
慶弔の使い分けは、出典が弱い
封字の使い分けについて調べていて、気になったことがある。
「弔事には封を使う」「慶事には寿」といった説明が、複数のサイトに載っている。ところが出典がどれもマナー本か封筒業者のブログで、しかも内容が微妙に食い違う。
公的機関の見解は、探した限り存在しなかった。
「蕾は女性が使うもの」という規範にいたっては、実運用ではほぼ絶滅している。いまどき蕾と書いてある封筒を受け取ったら、まず読めない。
マナーというのは、たいていこういうものなのかもしれない。誰が決めたわけでもないが、書かれているうちに規範になる。そして規範になったころには、実態のほうが先に消えている。
実務的な結論としては、迷ったら〆でいい。ビジネス文書ならこれで問題になることはない。改まった相手なら封。それ以上は考えなくていいと思う。
〆切、締切、締め切り
表記の話もしておきたい。同じものを指す書き方が3つある。
- 〆切 略式。手書きのメモ、社内の掲示、飲食店の貼り紙
- 締切 送り仮名なし。伝票や帳票のラベルでよく見る
- 締め切り 新聞・公用文の表記
公用文の書き方を定めた文化審議会の考え方では、常用漢字表に従う。〆は表外字なので、公用文には出てこない。
社内文書をどう書くかは会社の判断になるが、ひとつ言えるのは混在させないほうがいいということだ。同じ帳票のなかに「〆日」と「締切日」が並んでいると、別のものだと誤解されることがある。実際、給与の締め日と請求の締め日が違う会社では、この表記ゆれが事故のもとになる。
由来が分からない字でも、社内で統一されてさえいれば実務は回る。逆に言えば、統一されていないと回らない。
入力と、字形の話
入力は簡単だ。「しめ」と打って変換すれば候補に出る。Windows、Mac、スマホ、どれでも同じ。文字コードを直接指定するならU+3006になる。
(ちなみに、あるブログが「U+3005」と書いていたが、これは誤りだ。U+3005は「々」——同じ字を繰り返すときのあの記号にあたる。)
手で書くときの字形については、「斜線・斜線・横線の3ステップ」と説明している記事も見かけた。ただし辞書は2画としているので、これは食い違う。低品質な記事だったので、参考にしないほうがいい。
調べていて思ったのは、この字について書かれているものの精度が、全体的に低いということだ。誰も一次資料に当たっていない。マナー記事がマナー記事を引用して、そのまま定説になっている。
「締の略字」が広まったのも、たぶんそういう経路だ。もっともらしくて、短くて、覚えやすい説明が勝つ。
航路 — 〆鯖まで、同じ一字でつながっている
最後に、〆鯖の話をしておきたい。
あの〆も同じ字だ。辞書の見出しは「締め鯖」で、身を締めるの「締」。塩を振って身を締め、酢に浸してさらに締める。だから「しめる」。
封筒の〆、締切の〆、締め日の〆、そして〆鯖。全部おなじ一字でつながっている。
飲み会の最後を「〆」と言うのも、帳簿を締めるのと同じ発想だと思うと、少し可笑しい。
入力するときは「しめ」と打って変換すれば出る。Windows、Mac、スマホ、どれでも同じだ。
まとめておく。
- 由来は決着していない(卜/為/封/締、どれも決め手を欠く)
- 国字かどうかすら揺れている
- Unicodeでは記号ではなく文字
- ×がNGという公的根拠はない
- 封字は物理的には何も防いでいない
- 1〆は2,000枚のことも1,000枚のこともある
- 新聞では使えない
- これから生まれる子の名前にも使えない
こんなに不確かなのに、全員が同じように書いて、同じように読んでいる。誰も由来を知らないまま、毎日の封筒の上に載っている。
数字の限界がきっちり決まっているExcelの行数の話とは、ずいぶん対照的だった。あちらは仕様書に書いてある。こちらは、どこにも書いていない。
この記事は、まだ書きかけです
この記事は、公開してから足していく形にしています。調べたことを書いた本文がまず先にあって、あとから「聞き手と話し手の会話」「あとで思い出したこと」「読んだ人から教わった補足」が積もっていきます。
だから、同じURLでも半年後には別のものになっているはずです。もし一度読んだことがある記事なら、下の更新ログだけ見てください。増えたところが分かります。
更新ログ
- 2026-09-24 公開(本文のみ。会話パートはこれから足します)

