AIに30ページの規程を渡して、質問した。的外れな答えが返ってきた。
もう一度、該当する2ページだけを渡して同じ質問をした。今度は正確に答えた。
渡す量を減らしたほうが、答えがよくなる。直感に反するが、これには研究で確かめられた理由がある。
関連する情報が文書の真ん中にあると、性能が落ちる。 先頭と末尾にあるときは、よく効く。グラフにするとU字になる。
この記事は育ちます。公開後も、会話パート・トーク・補足を足していきます。
公開 2026-10-17 / 最終更新 2026-10-17(公開)
水深 — 「Lost in the Middle」という論文
2023年、スタンフォード大学のNelson F. Liuらが「Lost in the Middle: How Language Models Use Long Contexts」という論文を出した。
やったことは単純だ。
- 複数の文書を渡して、そこから答えを探させる(multi-document QA)
- キーと値の一覧から、特定のキーの値を探させる(key-value retrieval)
そして、答えが入っている文書を、渡す順番の何番目に置くかを変えて、正答率を測った。
結果はこうだった。
Performance is often highest when relevant information occurs at the beginning or end of the input context, and significantly degrades when models must access relevant information in the middle
(性能は、関連情報が入力の先頭または末尾にあるときに最も高く、モデルが中間の情報にアクセスしなければならないときに著しく低下する)
先頭がいちばん強く、末尾がその次。真ん中がいちばん弱い。
長い文脈を扱えるモデルでも、同じだった
論文が指摘しているもうひとつの点が重要だ。
「長い文脈を扱える」と設計されたモデルでも、この傾向は出る。
つまり、10万字入れられるモデルに10万字入れたからといって、10万字ぜんぶを均等に読んでいるわけではない。入るのと、使えるのは別だった。
「全部渡しておけば見つけてくれるだろう」という使い方が、いちばん効率が悪い。

人間の記憶にも、同じ形がある
心理学に系列位置効果という現象がある。
単語のリストを覚えさせると、最初のほう(初頭効果)と最後のほう(新近効果)はよく覚えていて、真ん中を忘れる。
グラフの形が、同じU字になる。
仕組みはまったく違うはずなのに、結果が似ているのが面白い。会議で最初と最後の発言が印象に残るのも、プレゼンで結論を最初と最後に置くのも、同じ理由だ。
長い資料の真ん中は、人もAIも読み飛ばしている。
実務で、どう渡すか
ここからが本題。この性質を知ったうえで、資料の渡し方を変える。
① 関係する部分だけを切り出して渡す
30ページ渡すより、該当する2ページを渡す。いちばん効く。
「探させる」仕事をAIにさせず、探すのは人がやって、考えるのをAIにやらせる。分担としてもこちらのほうが自然だと思う。
② 大事なものを、先頭か末尾に置く
どうしても長くなるなら、いちばん見てほしい部分を先頭に置く。次に大事なものを末尾に。
真ん中には、背景情報や参考資料を置く。
③ 質問を、最後にもう一度書く
資料を貼ってから質問すると、質問が末尾に来る。これは末尾の位置なので有利になる。
長い資料を渡すときは、冒頭に「これから◯◯について聞きます」と書き、資料を貼り、末尾にもう一度質問を書く。挟む形にする。
④ 分割して、複数回に分ける
30ページを3回に分けて、それぞれ要約させる。そのうえで、3つの要約をまとめて渡す。
手間はかかるが、真ん中に埋もれる部分がなくなる。
「全部渡す」が向く場合もある
逆に、全部渡したほうがいい場合もある。
- 文書全体の傾向を知りたい(この規程は全体として何を重視しているか)
- 抜けを探したい(この契約書に欠けている条項は)
- 要約したい
こういう「全体を見る」仕事では、部分だけ渡すと意味がない。
区別はこうだと思う。
- 特定の1点を探す → 絞って渡す
- 全体の性質を知る → 全部渡す
そして前者のほうが、実務では圧倒的に多い。
検索して渡す、という考え方
「関係する部分だけを渡す」を自動化したものが、いわゆる検索と組み合わせる仕組みだ。
- 質問が来る
- 手元の文書から、関係しそうな部分を検索する
- その部分だけをAIに渡して、答えさせる
社内文書を扱うツールの多くが、この形になっている。全部を読ませているわけではない。
つまり、「関係する部分だけ渡す」は、仕組みとしても正解とされているやり方になる。手でやるか、道具にやらせるかの違いでしかない。
そして、この仕組みの精度は検索の精度でほぼ決まる。関係ない部分を拾ってきたら、AIがどれだけ賢くても正しい答えは出ない。

順番を変えるだけで、答えが変わる
実験してみると分かるが、同じ内容でも並べる順番で答えが変わる。
これは、使う側としては少し気持ちが悪い。内容が同じなら答えも同じであってほしい。
ただ、逆に言えばこちらが順番を設計できるということでもある。
- 結論を先に書く
- 前提条件を冒頭に置く
- 参考資料は後ろにまとめる
- 質問は最後に
これは、人に読ませる資料の作り方とほぼ同じだ。読み手がAIでも人でも、いい構成は共通している。
長すぎるときに起きる、別の問題
位置の話とは別に、単純に長すぎることで起きる問題もある。
① 途中で切られる
扱える量には上限がある。超えた分は入らない。入らなかったことを教えてくれないこともある。
② 関係ない情報に引っ張られる
質問と無関係な部分に、似た言葉が入っていると、そちらを拾ってしまう。資料が多いほど、紛らわしいものが増える。
③ 遅くなる、費用がかかる
量に比例して処理時間と費用が増える。30ページを毎回渡すのは、単純に無駄が大きい。
どれも「絞って渡す」で軽くなる。
渡す前に、自分で整理する
実務でいちばん効いたやり方を書いておく。
資料をそのまま貼らずに、必要な部分を書き出してから渡す。
たとえば就業規則について聞きたいなら、
- × 就業規則を全部貼って「有給の繰越はどうなっていますか」
- ○ 該当する条文を2つ貼って「この2つの条文から、有給の繰越がどうなるか整理して」
後者のほうが、速くて正確で、安い。
そして書き出す過程で、自分でも答えが分かってしまうことがある。それも含めて、悪い話ではないと思う。
社内文書を渡すときの注意
内容の話とは別に、渡していい情報かどうかは別途考える必要がある。
- 個人情報が含まれていないか
- 取引先の秘密情報が含まれていないか
- 社内で利用が認められている範囲か
「絞って渡す」は、この点でも有利になる。渡す範囲が狭いほど、リスクも小さい。
全文を貼るより、必要な条文だけを貼る。名前を伏せる。金額を丸める。内容を保ったまま、情報量を減らす工夫ができる。
精度のためにやっていることが、そのまま安全側にも効く。これは珍しく、両立する話だと思う。

航路 — 入るのと、使えるのは違う
整理する。
- 論文「Lost in the Middle」(Liu ら、2023年、TACL)が示したのは、U字型の性能曲線
- 関連情報が先頭または末尾にあるとき性能が高く、真ん中で著しく落ちる
- 長い文脈を扱えるモデルでも、この傾向は出る
- 人間の系列位置効果と、グラフの形が同じになる
- 実務では、関係する部分だけ切り出して渡すのがいちばん効く
- 長くなるなら、大事なものを先頭と末尾に。質問は最後にもう一度書く
- 「全部渡す」が向くのは、全体の傾向を知りたいときだけ
- 絞って渡すと、速く、正確で、安く、安全になる
「たくさん渡せば、たくさん分かってくれる」と思っていた。
実際には、渡す量と、使ってもらえる量は比例していなかった。
そして対処法が「読み手のことを考えて構成する」という、ごく普通の話に落ち着いたのが、いちばん腑に落ちた。結論を先に書く。大事なことは最初と最後に置く。関係ないものは入れない。
人に読ませる資料の作法が、そのまま効いていた。
「全部覚えていてほしい」は、そもそも無理がある
長い資料を渡すときの発想を、少し変えたほうがいいと思った理由を書く。
人に仕事を頼むときのことを考えてみる。
「この30ページの規程を全部読んで、そのうえで有給の繰越について答えて」と頼むだろうか。たぶん頼まない。「有給のところ、何ページだったっけ」と探してから渡す。
AIに対してだけ、全部渡して探させるという頼み方をしている。楽だからだ。
でも、楽な頼み方が、いい結果につながるとは限らない。探す手間をこちらが引き受けるほど、答えの質が上がる。
何ページくらいから、影響が出るか
明確な閾値はない。モデルによっても違う。
目安として言えるのは、
- A4で2〜3枚くらい まず問題にならない
- 10枚を超えるあたり 真ん中が弱くなり始める
- 数十枚 はっきり落ちる
そして、中に似た内容が複数あるときに、いちばん外しやすい。
たとえば就業規則で「有給休暇」と「特別休暇」と「育児休業」の条文が並んでいると、隣の条文を拾ってくることがある。似ているものが近くにあると、区別が難しくなる。
だから、渡すときに「第◯条について」と範囲を明示するだけでも効く。
検索して渡す仕組みの、限界
本文で「検索して渡す仕組み」に触れたが、それにも弱点がある。
検索が拾えなければ、答えられない。
- 質問の言葉と、文書の言葉が違う(「有休」と「年次有給休暇」)
- 答えが複数の箇所にまたがっている
- 表や図の中に書いてある
- そもそも文書に書かれていない
とくに3つめ。表の中の情報は、検索でも読み取りでも落ちやすい。表を画像で貼っている資料は、なおさらだ。
社内文書をAIで扱うなら、表をテキストにしておくだけで精度が変わる。これは地味だが効く。
資料の作り方が、変わる
この話を突き詰めると、そもそもの文書の書き方に行き着く。
AIが読みやすい文書は、だいたい人も読みやすい。
- 見出しが付いている(どこに何が書いてあるか分かる)
- 1つの見出しに1つの話(探す範囲が絞れる)
- 結論が先に書いてある
- 表がテキストになっている
- 略語に説明がある
逆に読みにくいのは、
- 見出しがなく、延々と続く
- 1つの段落に複数の論点
- 「前述のとおり」「上記の場合」が多い(どこを指すか分からない)
- 表が画像
「前述のとおり」が多い文書は、真ん中を読み飛ばされると意味が取れなくなる。位置に依存した書き方だからだ。
社内文書を整えるとき、この観点を1つ足しておくといいと思う。
まとめて渡すか、分けて渡すか
実験してみると、この2つで結果が変わる。
① 1回で全部渡す
「この5つの契約書を読んで、条件の違いを表にして」
② 1つずつ渡して、最後にまとめる
「この契約書の条件を箇条書きにして」×5回 → 「この5つを比較して」
②のほうが正確なことが多い。1回あたりの量が少ないので、読み飛ばしが起きにくい。
手間は増える。ただ、間違いを見つけて直す手間と比べると、②のほうが速いことが多かった。
とくに、数字を扱うときは②にしたほうがいい。金額や日付を5件分同時に読ませると、取り違えが起きる。
位置を意識した、プロンプトの形
本文の話を、テンプレートにしておく。
冒頭
- これから何をしてほしいか(1行)
- 前提条件(会社の状況、決算月など)
中間
- 資料本体
- 参考情報
末尾
- もう一度、具体的な指示
- 出力の形(表で、400字で、3つに絞って)
- 判断できないときの振る舞い
大事なものを、上と下で挟む。 真ん中には、読み飛ばされても致命傷にならないものを置く。
この形にしてから、やり直しが目に見えて減った。
この記事は、まだ書きかけです
この記事は、公開してから足していく形にしています。調べたことを書いた本文がまず先にあって、あとから「聞き手と話し手の会話」「あとで思い出したこと」「読んだ人から教わった補足」が積もっていきます。
だから、同じURLでも半年後には別のものになっているはずです。もし一度読んだことがある記事なら、下の更新ログだけ見てください。増えたところが分かります。
更新ログ
- 2026-10-17 公開(本文のみ。会話パートはこれから足します)

