FAXがまだある。
取引先から注文がFAXで来る。病院に予約票をFAXで送る。役所に届出をFAXで出す。メールで済むはずなのに、なくならない。
2021年、政府がこれを止めようとした。結果を追いかけたら、各省庁から約400件の反論が返ってきていた。そしてその中に、法令上どうしようもない理由が混ざっていた。
この記事は育ちます。公開後も、会話パート・トーク・補足を足していきます。
公開 2026-10-11 / 最終更新 2026-10-11(公開)
水深 — 2021年6月、霞が関のFAX原則廃止
2021年6月15日、河野太郎行政・規制改革担当相が記者会見で方針を出した。
6月末をもって、府省庁のFAXを原則廃止する。7月からは電子メールに切り替える。
理由も明快だった。
FAXがあると、物理的に担当者が来なければならない
テレワークができない理由のひとつがFAXだ、という指摘だった。紙が出てくる機械の前に、人がいなければならない。
例外も、はじめから示されていた。
- 通信が途絶えた場合のバックアップとして、災害関連業務に用いる場合
- 国民・事業者からの申請をFAXで受け付けているもの
そのうえで、各省庁から意見を聞いて個別に判断する、とされた。
約400件の「やめられない理由」
意見を募ったところ、約400件の存続要望が返ってきた。
理由は、大きく6つに分類できる。
① セキュリティ
「メールはサイバー攻撃による情報流出の懸念がある」。誤送信の危険も挙げられた。
② 通信環境
「地方の出先機関では通信環境が整っていない」。
③ 国会対応
議員側がFAXでのやりとりを求めている。役所側の都合だけでは変えられない。
④ 法令上の制約
ここがいちばん効いた。民事訴訟規則が、法廷に出す書面の送り方を「持参」「郵送」「FAX」の3つに限定している。
役所の方針でFAXをやめても、裁判所に出す書類はFAXでしか送れない。規則を変えないかぎり、廃止できない。
⑤ 相手方の事情
メールを使えない高齢者や、FAXしか持っていない事業者がいる。受け取る側の都合で、こちらだけやめられない。
⑥ 業界の慣行
医療、警察、防衛。それぞれに固有の理由がある。

廃止は、進んだのか
方針が出てから1か月半後の報道では、「進展したという話は聞かない」とされていた。
推測を書いておくと、部分的には減ったが、全廃はされていないというのが実際のところだと思う。例外として認められた業務が残り、そこに引きずられる形で運用が続く。
ハンコのときは、14,992の手続きのうち14,909を廃止して83が残った。99.45%が消えて、残った1%が不動産登記や銀行の届出印という「高額取引の入り口」だった。
FAXも構図は似ている。やめられるところはやめられる。やめられないところに、制度が張り付いている。
法令がFAXを前提にしている
④の話を、もう少し掘る。
民事訴訟規則3条は、準備書面などをFAXで提出できると定めている。逆に言えば、電子的な提出の道が用意されていなかった。
これは2022年の民事訴訟法改正で変わりつつある。裁判手続のIT化が段階的に進んでいて、オンラインでの提出が可能になってきている。
ただ、制度が変わることと、運用が変わることは別だ。全面的にオンライン化されるまでには時間がかかる。そのあいだ、FAXは制度上の正式な手段として残り続ける。
FAXは「古い機械」ではなく、「法令に書かれた通信手段」だった。 ここが、メールとの決定的な違いだと思う。
FAXが持っている、意外な強み
技術的に見ても、FAXにはメールにない性質がある。
① 送信の記録が残る
送信結果のレポートが出る。「いつ、どこへ、何枚送ったか」が紙で残る。メールの送信済みフォルダより、扱いが単純だ。
② 相手の受信環境に依存しない
メールはスパム判定で届かないことがある。容量制限もある。FAXは、電話がつながれば届く。
③ 手書きが混ざった書類を、そのまま送れる
注文書に手書きで数量を書き込んで、そのまま送る。スキャンしてPDFにしてメールに添付する、という工程がない。
④ 操作が単純
原稿を入れて、番号を押して、ボタンを押す。覚えることが3つしかない。
⑤ インターネットにつながっていない
これがセキュリティ上の利点だと主張されることがある。ただし、電話線を流れる信号は暗号化されていないので、盗聴に強いわけではない。この点は誤解されやすい。
「安全だから残っている」というより、「攻撃される経路が違う」というのが正確なところだと思う。
それでも、事故は起きている
一方で、FAXの弱点もはっきりしている。
誤送信。番号を1桁間違えると、無関係の相手に届く。しかも届いたことに気づかない。医療機関や自治体の情報漏えい事例には、FAXの誤送信が定期的に出てくる。
メールなら、送信取消の機能があるものもある。宛先が候補から選べる。FAXは、押した番号がそのまま宛先になる。
送ったつもりで送れていない。用紙切れ、回線話中、相手の機械の不調。送信エラーに気づかないと、届いていないまま止まる。
紙が溜まる。受信したFAXを人が仕分ける。誰も見ていない時間帯に届いたものが、机に積まれる。
検索できない。あとから「あの注文書どこだっけ」となったとき、紙の山を探すことになる。

実務でできる、中間の解
全廃できないなら、紙を通さない形にするという手がある。
① インターネットFAX
FAX番号は残したまま、受信したものがPDFでメールに届く。送信もPCからできる。
相手から見れば、いままでどおりFAXを送っているだけ。こちらの手元には紙が出ない。相手を変えずに、自分だけ電子化できるのが強い。
② 複合機のFAX受信をメール転送にする
いまある複合機でも、受信したFAXを印刷せずにメールやフォルダへ転送する設定ができることが多い。設定を変えるだけで紙が減る。
③ 送信は、まずメールで打診する
「FAXで送ります」の前に「メールでもよろしいですか」と一度聞く。案外、相手も困っていないことがある。
慣行は、聞かれないかぎり変わらない。一度聞いてみるだけで、取引先が1社ずつ減っていく。
「なくならないもの」には、理由の層がある
ここまで見てきて思ったのは、なくならないものには理由が層になっているということだった。
- いちばん下 法令が前提にしている(民事訴訟規則)
- その上 相手方が変えられない(高齢者、小規模事業者)
- その上 業界の慣行(医療、金融)
- いちばん上 なんとなく(社内の習慣)
上の層は、決めれば消える。いちばん上の層は、今日やめても誰も困らない。
問題は、いちばん下の層があると、上の層まで「仕方ない」で温存されてしまうことだと思う。「法令で必要な場合があるから、FAXは残す」→「残っているから使う」という順番になる。
ハンコのときと同じだった。残った1%が、残りの99%を正当化していた。
航路 — 機械ではなく、制度が残っている
整理する。
- 2021年6月15日、河野行革相が府省庁のFAX原則廃止を表明。期限は6月末
- 例外は災害時のバックアップと国民からの申請受付
- 各省庁から約400件の存続要望が返ってきた
- 理由は、セキュリティ/通信環境/国会対応/法令上の制約/相手方の事情/業界慣行
- とくに民事訴訟規則が、書面の提出方法を持参・郵送・FAXに限定していた
- 「インターネットにつながっていないから安全」は、必ずしも正しくない
- 実務ではインターネットFAXや受信のメール転送で、紙だけ先に減らせる
FAXがなくならない理由を探していたら、機械の話ではなく制度の話になった。
そして、いちばん根っこにあるのは「受け取る側がそうだから」だった。こちらだけがやめても、相手が送ってくるかぎり、受け口は残る。
自分の都合だけでは変えられないものが、いちばん最後まで残る。それがFAXであり、ハンコであり、紙の請求書だった。
日本でFAXが強いのは、文字のせいでもある
技術史の話を少し。
FAXが日本で特に普及したのには、日本語という事情があったと言われる。
1980年代、コンピュータで日本語を扱うのは難しかった。漢字を表示するには専用のハードウェアが要る。文字コードも統一されていない。相手のコンピュータで同じように表示される保証がなかった。
一方、FAXは紙の画像をそのまま送る。文字コードも、フォントも関係ない。手書きも、図面も、印鑑も、そのまま届く。
英語圏なら、テレックスや電子メールが早くから使えた。アルファベットだけなら、文字コードの問題がほとんどない。
文字の複雑さが、画像で送る手段を後押しした。 これは説として広く言われているもので、一次資料で裏を取ったわけではないが、筋は通っていると思う。
そして、いったん全事業所に置かれたものは、なかなか消えない。設備投資が済んでいるものは、使い続けたほうが安い。
「置き換え先がない」という問題
FAXをやめるとき、何に置き換えるか。ここが実は一番難しい。
メールに置き換える場合、こういう問題が出てくる。
- 相手のメールアドレスを知らない FAX番号は名刺にあるが、担当者のアドレスは分からない
- 添付ファイルが弾かれる 容量制限、拡張子の制限
- 届いたか分からない FAXは送信レポートが出る
- フォーマットが崩れる Excelを送っても、相手の環境で見え方が違う
FAXには「相手の環境を気にしなくていい」という強みがある。番号さえ合っていれば、紙が出る。
これを本当に置き換えるなら、Web上のフォームや受発注システムになる。メールは中途半端で、FAXの代わりにはなりきれない。
実際、FAXからの脱却がうまくいっている業界は、業界共通のシステムを作ったところが多い。個社の努力ではなく、業界で受け口を1つ作る。そこまでやらないと動かない。
受発注をFAXでやっている場合
自社が受注側で、注文がFAXで来ているとする。やめられないなら、処理を軽くする方向で考える。
① 注文書のフォーマットを、こちらから配る
自由書式のFAXが来ると、読み取りに人手が要る。こちらが作った注文書に書いてもらうだけで、位置が固定される。
② インターネットFAXで、PDFとして受ける
紙にせず、PDFのままファイルサーバに置く。日付と取引先でフォルダ分けしておけば、あとから探せる。
③ OCRで読み取る
位置が固定された注文書なら、OCRの精度が出る。数量と品番だけ読み取れれば、入力の手間が大きく減る。
①をやらずに③に行くと、たいてい失敗する。フォーマットを揃えるのが先で、読み取りの自動化はそのあとになる。
これはAIに書類を読ませるときも同じで、入力の形が揃っていないと、どんな道具を使っても精度が出ない。
ハンコ・FAX・紙の請求書 — 同じ形の問題
このブログで、似た話を何度か書いた。並べてみると構造が同じだった。
| 法的に必要か | なぜ残るか | |
|---|---|---|
| ハンコ | 契約には不要 | 裁判での立証が楽。印鑑証明の制度が残っている |
| FAX | 一部の手続きで必要 | 民事訴訟規則。相手が変えられない |
| 紙の請求書 | 不要(電子で可) | 相手の受け取り体制。社内の承認フロー |
| 収入印紙 | 紙のときだけ必要 | 制度が電子を想定していない |
共通しているのは、「自分だけではやめられない」という点だ。
相手がいる。制度がある。設備がある。どれか一つでも残っていると、こちら側だけ先に進めない。
そして、いちばん最後まで残るのは制度だった。相手は説得できる。設備は買い替えられる。制度は、変わるまで待つしかない。
それでも、できることはある
悲観的に書いたが、自分の側だけでできることもある。
- 受信を紙にしない(インターネットFAX、メール転送)
- 送信を紙にしない(PCから送る)
- 届いたものを検索できる形で保存する
- 新しい取引先とは、最初からメールで始める
最後のが効く。慣行は、新しく始まる関係のほうから変わっていく。既存の取引先を説得するより、新規の取引先と紙を使わない形で始めるほうが早い。
10年経てば、紙でやりとりしている相手の割合は自然に減る。急がず、増やさない。 これが現実的な戦略だと思う。

この記事は、まだ書きかけです
この記事は、公開してから足していく形にしています。調べたことを書いた本文がまず先にあって、あとから「聞き手と話し手の会話」「あとで思い出したこと」「読んだ人から教わった補足」が積もっていきます。
だから、同じURLでも半年後には別のものになっているはずです。もし一度読んだことがある記事なら、下の更新ログだけ見てください。増えたところが分かります。
更新ログ
- 2026-10-11 公開(本文のみ。会話パートはこれから足します)

