引き継ぎ資料はどこまで書くか。書いてあるのに聞かれ、書いていないと怒られた

夕方の海と小さな帆船の風景イラスト

引き継ぎ資料は、フォルダ単位で作った。全部で30フォルダくらい。中に必要なPDFとExcelを入れて、フォルダ名の頭には数字を振った。並べ替えたときに順番が崩れないようにするためだ。適当に振った数字だったけれど、これは効いた。

数字は適当に振った。何かの基準で意味のある順番をつけたわけではない。

狙いは別のところにある。見返すときや、人に教えるとき、関連しそうなフォルダを相手に探させたくなかった。探すことに時間と労力を使ってほしくない。

「〇番の、あれ」と言えば、すぐそのフォルダに行ける。それだけのために番号を振った。中身が適当な順番でも、番号がついているというだけで効いた。

作るのに1か月かかった。終盤はほぼ引き継ぎに時間を割ける状態だったので、一日ゆっくりやって6時間くらい。それを続けて1か月だ。

それだけ作っても、足りなかった。そして同時に、余ってもいた。

この記事は育ちます。公開後も、会話パート・トーク・補足を足していきます。
公開 2026-09-09 / 最終更新 2026-09-24(育つ記事に切り替え)

なぜそこまで作ったか — 自分のときは、資料が一枚もなかった

そもそも、なぜそこまで作ったのか。

自分が引き継ぎを受けたときのことがあるからだ。

資料はなかった。まったくなかった。だから口頭で聞いて、ノートにメモを取った。当時はそういうものだと思っていた。

資料がないと何が起きるか。まず、聞き手が分からないことをいちいち聞かないといけない。その頻度が爆発的に増える。

そして、その業務が初めての人ほど、聞きたいのに聞きづらくなる。相手は忙しそうにしている。似たことをこの前も聞いた気がする。こんなことも分からないのかと思われるかもしれない。聞きづらくなりうる、という話ではない。なる。

結果どうなるか。聞きづらいことは、ミスをして覚えることになる。

これが現実だった。だから30フォルダを作った。

水深 — マニュアルは、読むものではなく戻るもの

まず、思っていたようには読まれない。

日々の仕事をしながらの引き継ぎなので、時間を調整して「このテーマについて説明します」と伝える。そのとき資料に目を通してきている場合もあれば、まだ開いてもいない場合もある。必要になるケースが目の前に近づいていないと、マニュアルは読まれない。

人は、必要になる知識でないと覚えられないのだと思う。意味づけがないと定着しない。期末試験があるとか、この資格を取れば給与が上がるとか、そういう理由が要る。

引き継ぎのマニュアルには、それがない。むしろ逆で、いま自分がやっていることに追加で乗ってくる負担だ。任命されたというより割り振られたもので、積極的に読む理由がない。

実際に起きていたのはこうだった。後任は僕の説明を聞きながら、パソコンを操作して覚えていく。そして忘れたとき、あるいは「そういえばどうするんだったか」と振り返るときに、マニュアルを開く。

新しい知識を入れるためのツールではなく、復習のためのツールに近い。

だからこの部分は、ネットで検索して済ませられない。各社が積み上げてきた決まりや土壌がある。ネット上には効率的なやり方がいくらでもあるけれど、それをそのまま持ち込むと運用が回らなくなることがある。優秀な人が入ってきたとしても、その会社のやり方に合わせることは求められる。マニュアルが埋めるのはそこだ。

夕方の海と小さな帆船の風景イラスト

暗礁① — 書いてあるのに聞かれた

読まれない、という以前の問題もあった。読んでも分からない場合だ。

引き継いだ相手は、隣の部署の人だった。距離としては近い。でも、扱っている言語が違った。

数字をどこから取ってきて、どう確認して、どう処理するか。そこには、その業務をやっていれば当たり前になっている考え方が前提にある。その前提がないと、書いてある手順は「数字を転記する作業」にしか見えない。

やっかいなのは、それでも作業自体は回ってしまうことだ。回るけれど、応用が利かない。だから資料が更新されない。場合によっては、少しずつ悪くなっていく。

一方で、同じ業務を別の支店で担当している人にも説明する機会があった。そちらは「はいはい」という感じで、あっという間に終わった。

違いは、能力ではなく、同じ言語を使っているかどうかだった。共通の地盤があると、説明が短くて済むし、応用まで届く。

結局、その部分はその人にやってもらう形になった。時間のロスではあった。ただ、やってみないと分からなかった。

暗礁② — 書いていないと、怒られた

逆のパターンもあった。というより、こちらのほうが多かった。書かなくても分かるだろう、と思っていたことだ。

  • 資料を作ったら決まったフォルダに入れて、担当に一言伝えておく
  • この週になったら、次の季節のためにこの準備を始める
  • この日までに口座に資金が必要だから、上長にスケジュール感を共有して動いておく

自分にとっては、業務をやっていれば当たり前に分かることだった。後任には分からない。

それ、書いてないですよね

書いてもらわないと困ります

そう言われた。反省している。

ただ、その場で即座に納得できたわけではない。そこまで書く必要があるのかという驚きがあって、正直に言えば、少し悲しさもあった。

それでも、分からない側に立てば当然だった。まったく知識がない状態で任される。それ自体が精神的な負担になる。その負担を減らすのが資料の役目なら、「やっていたから分かる」部分こそ、いちばん書かれていないといけなかった。

やっていたから分かる、やっていたから推測できる。その部分こそ、丁寧に用意して書いておかないといけなかった。

草地を流れる川の風景イラスト

暗礁③ — 余っていたのは、文章の綺麗さだった

では、余っていたのは何だったのか。

文章の綺麗さだ。読みやすく整えた部分、言い回しを直した部分。あれは要らなかった。手順が伝わればいい場面で、文章の質は誰も見ていない。時間をかけた割に、一度も効いた実感がない。

一方で、書いたのに一度も使われなかった資料もある。ただ、こちらは余分だとは思っていない。数年後に見られるかもしれないし、次の人が見るかもしれない。使われなかったというより、まだ使われていないだけだ。そこは義務を果たしたという感覚がある。

だから「余った」と言えるのは、量ではなく、かけどころを間違えた労力のほうだった。

林のそばに張ったテントと焚き火の風景イラスト

航路 — 「どこまで」の答え

まとめると、こうなる。量ではない。どこまで書くかは、相手が誰かで決まる。同じ言語を使う相手なら短くて済むし、そうでない相手には、どれだけ書いても手順にしか見えない。

そのうえで、いま作り直すならこうする。

まず、後任が更新しやすい書式にする。Excelで作って、見て分かる形にしておく。渡した時点で完成させるのではなく、渡したあとに書き足せる状態にしておく。

次に、手順を一通り書いたあとで、読み返す。このまま読んで、新卒の社会人が分かるか。パートで入った高校生が分かるか。そういう他者の目で読み直して、足りない要素を足す。自分にとって当たり前になっている部分は、この読み返しでしか見つからない。

最後に、AIに通す。内容をチェックさせて、見栄えを整えてもらう。ここは速い。ただし最初から書かせるのではなく、自分が書いたものを直させる。それは別の記事に書いた。

ちなみに、この引き継ぎ資料をAIで整えた結果どうなったかは、こちらに書いている。


この記事は、まだ書きかけです

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  • 2026-09-24 「育つ記事」に切り替え(以後ここに追記していきます)
  • 2026-09-09 公開