最初の記事として

林のそばに張ったテントと焚き火の風景イラスト

林のそばに張ったテントと焚き火の風景イラスト

この記事は育ちます。公開後も、会話パート・トーク・補足を足していきます。
公開 2026-09-06 / 最終更新 2026-09-24(育つ記事に切り替え)

序文

最初の記事としては、かなり重めに書いていたのがまず最初のブログで、もうかれこれ8年ぐらい前だったか。音楽についてのブログで、自分なりの文章で、自分なりの音楽趣向で書いていた。

なぜブログだったのか。理由ははっきりしている。

仕事だけしていても、つまらなかったからだ。

仕事以外に、自分の表現の場がほしかった。それがブログだった。大した動機ではない。

そのなかで、いちばん書きやすかったのが音楽だった。好きだったからだ。それだけの理由で8年続いている。

それがおかげさまで続いているとはいえ、最新の技術を使って書いてみたいと思った。

AIである。

AIの書く文章が今後増えていく。それは数年前から言われていた。今はよりそれが顕著で、簡単にブログ記事が書ける、自動で書ける、そんな時代になった。

それはそう。

でも、使うにしてもただ漫然と、検索して、構築された”文章”のようなもの、読みたいのか、観たいのか。それが僕のなかにあった。

いま、検索して上に出てきたサイトを開いてみると、だいたいそうなっている。どこかで調べて、書いただけの文章。その奥に、書いた人の思いも意図もない。

正しいことは書いてある。でも、読む気がしない。

もちろん、詰まんないと思った。

できることってなんだろう。
文章の今ってなんだろう、
欲しい情報ってなんだろう、

僕は、自分の発想を信じている。

突発であろうと、ありきたりであろうと、
思いついたものを文章にする、
感覚を書く、
あとで読み返して、これはいったい自分が書いた文章なのか、

そういったことが数年ブログサイト運営をしていて核心であり、確信していること。

今できることって、僕の発想をAIに投げかけて、返ってきたことを上手く僕なりに考え、文章は読みやすくしてもらったり、違う視点を与えてくれたり、つまらない文章表現を突っ込んで指摘したりする、いわばキャッチボールをしたものをお届けすること。

特に、仕事についての情報だったり、お得な情報だったり、時事であったり。そういったものを運営者自身が受取り、投げて、受け取って、また投げて。

そういったことは今できていない、かつ、たぶんあまりやっていない。みんな知識を運用することのみが全てで、それはいつか終わる。

だから、無駄のように思えるような思考のあれこれを読んでみて、気持ちよくなってもらって、なにかに活かしてくれたらと今思う。

宮沢賢治的思想、そんなものになってみたいものだ。

宮沢賢治的、というのは

宮沢賢治的、と書いたけれど、何がそうなのかを書いていなかった。

物欲でない、という色だ。自然的、と言い換えてもいい。

あの人の文章は、売るために書かれた感じがしない。何かを得るために書かれた感じもしない。自分のなかから湧いてきたものが、そのまま形になっている。

そして読むと、思い知らされる。ああ、こんな文章が書けるんだな、と。

そこに近づきたい。近づけるとは思っていないけれど、方角としてはそちらを向いていたい。

(賢治については、もうひとつのブログでこんな記事も書いている。)

林のそばに張ったテントと焚き火の風景イラスト

ネットという海を、漂っていく

これから書くのは、仕事のことと、お得な情報が中心になると思う。

ただ、書きたいのは情報そのものというより、たどり着き方のほうだ。

海をただよっていって、島にぶつかる。トラブルにエンカウントする。そういう旅のような形で情報に出会う。ネットという海をただよっていて、たまたまたどり着く。あれが面白い。

このサイトを海図と名づけたのは、そういうことだ。目的地に最短で行くための地図ではない。誰かが漂った跡が残っているだけの図だ。跡があれば、次に通る人は少しだけ楽になる。それ以上のことは書けない。

習慣として、ときどき開いてもらえたら

読んだ人にどうなってほしいか、もう少しはっきり書いておく。

習慣として見てもらえたら、いちばん嬉しい。毎日でなくていい。ふと思い出したときに開いてもらえたら。

そして読んでいる途中で、はっと気づかされる感覚を味わってもらえたら。どの場面で、というのはない。どの場面でもいい。

そういうものを置いておく場所にしたい。

いま、ここに置いてあるもの

実際に書いているのは、こういう記事だ。

Excelが重いのは、1つのファイルに時間を溜めているから。会議の15分前にファイルが開かなくなる、あの時間の話。重さの正体は行数ではなく、1つのファイルに何年ぶんも溜め込んでいたことだった。

引き継ぎ資料はどこまで書くか。30フォルダ分を用意したのに、書いてあるのに聞かれ、書いていないと怒られた。自分が引き継いだときは、資料が一枚もなかった。

AIに書かせると作り直しになる。直させると速い。ゼロから作らせるのではなく、自分が作ったものを見せて直させる。向きを変えたら効き方が変わった話。

AIで引き継ぎマニュアルを作ったら、後任はそれを読まなかった。文章として正しいことと、読み手に届くことは別だった。

どれも、自分がつまずいた場所の記録だ。うまくやった話ではない。浅瀬がどこにあったかを書いている。

それが誰かの航路の役に立つなら、書いた意味はある。


この記事は、まだ書きかけです

この記事は、公開してから足していく形にしています。調べたことを書いた本文がまず先にあって、あとから「聞き手と話し手の会話」「あとで思い出したこと」「読んだ人から教わった補足」が積もっていきます。

だから、同じURLでも半年後には別のものになっているはずです。もし一度読んだことがある記事なら、下の更新ログだけ見てください。増えたところが分かります。

更新ログ

  • 2026-09-24 「育つ記事」に切り替え(以後ここに追記していきます)
  • 2026-09-06 公開